睡眠時無呼吸症候群の診断

原因となる3つのタイプ

健康な人が睡眠中に無呼吸を起こすといっても、1時間あたりの呼吸停止回数は5回以内、持続時間も短く10秒以内のものです。では、どの程度ひどくなると睡眠時無呼吸症候群といえるのでしょうか。
「7時間の睡眠中に、10秒以上続く換気の停止(無呼吸) が30回以上くり返される病態、あるいは1時間に5回以上の無呼吸がある病態」これが睡眠時無呼吸症候群の診断準です。

実に明快な定義ですが、問題なのはここからです。睡眠時無呼吸症候群を治すためには、その人がどのような原因で無呼吸を起こしているかをつきとめなければなりません。
けれども無呼吸をもたらす原因というのは、1つだけではありません。さまざまな要因が複雑にからみあっているのです。原因別に睡眠時無呼吸症候群を分類すると、大きく次の3つのタイプに分けることができます。

閉塞型無呼吸

上気道が閉塞するために、胸郭や横隔膜は呼吸運動をしているにもかかわらず口や鼻での呼吸が停止するもの。睡眠時無呼吸のなかでももっとも多いタイプで、肥満による睡眠時無呼吸症候群もこれにあてはまります。

中枢型無呼吸

呼吸中枢になんらかの障害があって、胸郭や横隔膜の呼吸運動が停止してしまうもの。呼吸中枢から呼吸筋に対して活動を促す刺激が停止しているために無呼吸が起こると考えられています。
健康な人が睡眠中に軽度の無呼吸を起こすのも、元をたどればこれと同じかかわりです。睡眠時無呼吸綻候群全体のなかで中枢型の占める割合は10% 前後といわれています。

混合型無呼吸

中枢型にはじまって閉塞型に移行するタイプです。これら3つの型は完全に独立しているわけではなく、同じ睡眠時無呼吸症候群の患者で、一晩の睡眠中に混合して出現することもあります。

「閉塞型」無呼暇はこうして起こる

睡眠時無呼吸症候群のなかでもっとも頻度の多い「閉塞型」無呼吸ですが、このタイプの人は、ほとんど必ずといつていいほど大いびきをかきます。その呼吸パターンは、睡眠→上気道の閉塞→無呼吸→血中の酸素分圧の低下と二酸化炭素分圧の上昇→覚醒→上気道の開放と過剰換気→睡眠という周期を繰り返します。

上気通が狭まっていると必要な量の換気が妨げられて、血液中の酸素は低下し、二酸化炭素が増えます。すると血管の壁にあるセンサーがはたらいて延髄にある呼吸中枢に刺激を送ります。これにともない脳が覚醒します。呼吸中枢は呼吸筋(胸郭や横隔膜、上気道の筋も含まれます) に対して呼吸運動を活発化するよう促します。
呼吸筋は呼吸運動を強めていき、気道狭窄部の抵抗に打ち勝ったとき、はじめて上気道は開放されて大きく呼吸をします。

いびきが止んだあと、ものすごい苗で再びいびきが始まるのはこのためなのです。さて、ここで重要なのは、無呼吸が起こるたびに脳が覚醒し、呼吸を再開させているということです。覚醒はふつうは数秒間で、ふたたび眠りに入りますが、重度の閉塞型の人の場合、一晩に500回も無呼吸を起こすことがあります。つまりその人は一晩に500回も睡眠が分断され、深い眠りへの移行が妨げられているのです。
実に恐ろしい事実ではありませんか。これでは昼間、病的に眠り込むのも無理はありません。閉塞型無呼吸の病因としては、口蓋扁桃肥大、巨舌症、鼻中隔湾曲症、アデノイドなどがあげられます。けれども、これらが原因で上気道の閉塞を生じている患者で、「中枢型」無呼吸も関係していることがあります。たとえば気管切開の手術を行うと、閉塞型無呼吸は劇的に改善しますが、中枢型無呼吸は残ってしまうことがあるのです。したがって、まわりの人から無呼吸を起こしていると指摘されている人は、できるだけ早期に診断を受け、治療を開始することが大切です。

「中枢型」と「混合型」無呼吸の特徴

日常の活動だけでなく睡眠中も無意識に、あたりまえのように呼吸活動を行っています。「中枢型無呼吸のこわさはその仕事をつかさどっている呼吸中枢が活動を停止してしまうこと、あるいは呼吸中枢からの指令がなんらかの障害により、呼吸筋(胸郭や横隔膜) に届かず、呼吸筋が運動をやめてしまうことにあります。

中枢型の無呼吸は、器質性脳障害や循環器疾患を持つ人に多くみられます。血管障害や腫瘍などによる脳障害、心不全などの心疾患、そのほか筋ジストロフィーなど、脳幹にある呼吸に関係した中枢に異常があつて起こる場合と、ピックウィツク症候群や慢性閉塞性疾患、ポリオ、頸椎症、頭蓋の寄形など、化学制御系の異常によって起こる場合とに分かれます。

通常、血液中の二酸化炭素量が増えると、延髄にある呼吸ニューロンが活発に活動して二酸化炭素を減らすようはたらきます。化学制御系の異常とは、こうした制御が正常に機能しないことをいいます。
中枢型無呼吸の特徴は、無呼吸が一晩を通じてほぼ均等に起こることです。また、呼吸の再開時にいびきをともなわないこともあります。
最近では、一部の中枢型無呼吸の患者で、閉塞型のように上気道の通りをよくすると無呼吸がなくなることが報告されています。そうした患者の上気道を観察すると、閉塞性無呼吸の人の特徴も見られます。最後の「混合型」無呼吸は、はじめは中枢型の無呼吸であったたものが、途中から閉塞型に移行するというタイプで、本質的には閉塞型の無呼吸といえます。中枢型の無呼吸が終わる時点で上気道の閉塞が続いていると、無呼吸が閉塞型へと移行するのです。

健康な人でも睡眠中の呼吸停止は起こっている?

人は眠りに入るとさまざまな条件から上気通が狭窄しやすくなりますつまり、いびきをかきやすくなります。そのうえ、睡眠中の呼吸は起きているときの呼吸に比べてきわめて不安定にもなります。

呼吸のリズムが不規則になり、呼吸自体も浅くなります。また睡眠中は換気(体に酸素を取り入れて炭酸ガスを排出する)機能が低下することから、血液中の酸素が不足しがちにもなります。

このとき健康な人でも呼吸停止を起こすことがあるーというと驚かれるでしょうか。人の眠りと呼吸の関係について、ここで詳しくみてみましよう。

睡眠には、レム睡眠とノンレム睡眠があります。健康な人の睡眠パターンはほぼ定まっていて、一晩にレム睡眠とノンレム睡眠を4~5回くり返しています。

レム睡眠期は一見熟睡しているように見えるのですが、脳波を調べてみると覚醒しているときに近い脳波像を示し、眠りは浅いとされています。
時間は1回20分ほどで、急速な眼球運動を行ったり、夢を見るのもこのレム睡眠のときです( ノンレム睡眠期にも夢は見ていますが、眠っている人をレム期のときに起こすと、その80% が「いま夢を見ていた」と答えるのです)。
一方、私たちが眠っている時間の大半を占めるのがノンレム睡眠です。専門的にいえば、ノンレム睡眠は、ⅠからⅣのステージに分かれ、この順に眠りは深くなります。

通常、眠りはノンレム睡眠からはじまります。ステージⅠの浅い睡眠から順にステージⅥの深い眠りへと移行し、そこから逆にステージⅠにかえると今度はレム睡眠に入り、Ⅰつの睡眠周期が終わります。

ここまでおよそ90分(70分~120分) といわれています。ちなみに睡眠時無呼吸症候群の人の場合は、こうした規則的な睡眠パターンを描けなくなります。ステージⅢ以降の深い睡眠に入る前に、息苦しくなって目ざめてしまうことが多いからです。

私たちは、眠っている間にこの睡眠周期を4~5回くり返しています。呼吸の特徴をみると、睡眠周期の1まわり目から2まわり目までは時間が経過するにしたがつて次第に呼吸数は低下していき、夜明け近くの4まわり目から5まわり目で安定した規則的な呼吸になります。

ただレム睡眠期では、呼吸数は心拍数とともに不規則となって、換気量も不安定になります。健康な人が呼吸停止を起こすのはこのレム睡眠期と、ノンレム睡眠期のⅠとⅡのステージに多くみられます。そしてその原因に関係しているのが動脈中の二酸化炭素分圧(動脈中に占める二酸化炭素の「圧力」の割合) です。正常な人の睡眠中に、二酸化炭素分圧がわずかに下がっただけで、呼吸停止が起こることがわかっているのです。

ちなみに脳が覚醒しているときは、二酸化炭素分圧が低下しても呼吸は規則的に続きます。。つまり「覚醒していること」が呼吸の安定性に役立っているはそれだけ不安定な条件下で呼吸をしているのです。

睡眠時無呼吸症候群の影響

不規則ないびきのパターンが夜中中繰り返される

睡眠時無呼吸症候群の人の多くは、眠っているときに、ただならぬいびきをかきます。周囲の人が耐えられないほどの激しいいびきで、息苦しそうにあえいでいたり、ときどきいびきがやんだかと思うと突如、爆発的な音とともにいびきが再開します。時々叫びだしてしまう人もいます。

そうした不規則ないびきのパターンが一晩中繰り返されるのです。いびきがやんでいる時間は、通常20秒から30秒くらい。恐ろしいことに、その間は上気通が閉塞して呼吸が停止しているのです。いわば窒息状態にあるわけですから、再び呼吸が始まるときに、激しくもがくような動きとともに、大きく空気を吸い込もうとします。それが爆発的ないびきの音につながるのです。

呼吸停止は、ときには2、3分から5分近く続く人もいます。それでもほとんどの場合、眠っている本人は自分が無呼吸を起こしていることに気づきません。いつしよに寝ている家族などに指摘されて病院を訪れるケースが大半を占めます。

日常生活だけでなく社会生活にまで影響がおよぶ

睡眠時無呼吸症候群の人は一晩中、こうした無呼吸の状態をくり返し引き起こしているわけですから、当然、眠りの質は最悪、朝、目覚めたときにも疲労が残っています。起床した時点でだるく倦怠感がでしんどい状態になります。

そしてまず間違いなく昼間の居眠りを自覚しています。食後に眠気を催して、ついうとうとしてしまうことは誰にでもあることですが、そんななまやさしい眠気ではなく、重要な会議の最中に突然眠り込んだり、極端な場合、電話中に眠り込んだりもします。お坊さんでお経を上げている途中で眠ってしまうとか、学校の先生で、授業中に椅子に座った途端に眠ってしまうというケースなども報告されています。

とくに問題になっているのは車の運転中に居眠りをしてしまうケースです。信号待ちや渋滞時に眠りこんでしまつたり、居眠りが原因で事故にまで発展することも珍しくありません。長距離トラックのドライバーが居眠りのために起こす事故の何割かは、この睡眠時無呼吸症候群が関係しているとも考えられているのです。

1993年にアメリカの議会と保健省に提出された報告書によると、スリーマイル島の原発事故や、アラスカ沖のタンカー座礁事故、スペースシャトル「チャレンジャー」の事故も、背景には睡眠時無呼吸症候群が関連しているというのです。

睡眠時無呼吸症候群は、健康に害を及ぼすだけでなく、こうした社会的問題をもはらんでいるのです。この病気は過剰な眠気をもたらすだけでなく、日常の知的活動能力にも大きく影響を与えます。睡眠中に酸素が十分に脳へ行き渡っていないので、集中力や記憶力は低下し、行動力も鈍化、作業能力は落ちてきます。

また注意力や判断力もにぶくなってきます。ですから、鉄道やバスの運転など多数の人命にかかわる職業につく人は、睡眠時無呼吸症候群の検査を受けることが必要ではないかという意見も出されているほどです。

子どもの場合は、学校の成績が下がったり、発達の遅れがみられるようになります。多動(注意散漫で、落ち着きがなく衝動的な行動が顕著にみられること) をともなう行動異常もしばしば観察されており、症状が進行すると頻繁に夜尿をくり返すようにもなります。

性格までもが変わるという報告もある

慢性化した睡眠時無呼吸症候群の人の場合は、異常な眠気のために仕事に支障をきたすようになります。精神面に及ぼす影響も大きく、不安が増大し、神経過敏になり、二次性抑うつを招いたりします。

睡眠時無呼吸症候群にかかると性格も変化するという報告があります。ものごとを綿密に考えられなくなり、こつこつと積み上げていく種類の仕事や、細かな仕事が面倒くさくたいまん感じるようになるのです。

怠慢、無責任といった傾向や、協調性が失われて独りよがりな傾向が強くなる、といわれています。そのほか性的機能障害も睡眠時無呼吸症候群の症状の1つで、性欲や勃起能力の低下もみられます。こうしたことから、アメリカでは睡眠時無呼吸症候群が原因で離婚する夫婦も増えているといいます。

通常の社会生活を維持することが困難となれば、たしかに離婚に発展してもいたしかたないかもしれません。これもまた睡眠時無呼吸症候群がもたらす社会問題の1つといえるでしょう。