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睡眠時無呼暇症候群はこうして発見された(歴史)

「ピックウィック症候群」の研究からはじまった

ここまでの説明で、睡眠時無呼吸症候群という病気のアウトラインは、だいたいわかっていただけたのではないでしょうか。さて、「睡眠時無呼吸症候群」という病名は、いまではテレビや雑誌などでたびたび紹介されて、一般の人々にも少しずつ知られるようになつてきました。

名前くらいは聞いていたという人は多いと思います。じつは、専門家のあいだでこの病気が注目されるようになつたのも、つい最近のこといえるのです。

睡眠時無呼吸症候群という病名が医学書に初めて登場したのは、いまからわずか20数年前の1976年のことです。提唱したのはアメリカの博士で、睡眠中の無呼吸発作により不眠を訴える症例を包括する名称として提唱されました。しかし、それ以前に睡眠時無呼吸症候群の患者がいなかったわけではありません。
睡眠時無呼吸症候群は次のような過程をたどって『発見』され、また認知されるようになったのです。

いまでは睡眠時無呼吸症候群の中に包括されている「ピックウィック症候群」という病気があります。この病名が登場したの1956年。病的に肥満していて、日中に頻繁に居眠りをくり返し、また周期性呼吸(睡眠中の呼吸や換気量などが周期的に変動する現象) やチアノーゼ、右心肥大などの8つの症状を示す病態を、「ピックウイック症候群」と名づけたのです。

「ピックウイツク症候群」にみられる周期性呼吸は、無呼吸がくり返されることによって起こる現象なのですが、当時はそこまではわかってはいませんでした。睡眠中の脳波や呼吸、換気状態などを測定する技術がいまほど進んでいなかったからです。

昼間にくり返しはいほう起こる居眠りの原因は、肥満によって肺胞(肺に入った気管支の末端部で、ぶどうの房のように分れた部分)の二酸化炭素が増えたことによる意識障害だと考えられていたのです。よって「ピックウィック症候群」は心肺系の病気として扱われ、当初は内科医によって研究が行われていました。

無呼吸状態を経て呼吸が回復するときに、患者の脳波に覚醒反応が起こり、そのため睡眠が分断されて眠りが浅くなることを明らかにしました。また、患者の呼気ガスを分析することによって、炭酸ガスの値が正常であるにもかかわらず、日中の傾眠症状が起こることを示しました。

昼間傾眠(昼間の居眠り) の原因は、CO2ナルコーシス( 二酸化炭素ガスの直接の作用ではなく、脳組織内のpHの低下により、意識障害を起こしたもの) ではなく、夜間の不十分な眠りを埋め合わせるために生じる現象であることを実証したのです。

原因は上気道の閉塞

これらの経緯がきっかけとなって睡眠障害について研究していた世界各国の精神科医や神経科医たちが、ピックウィック症候群の病態に近い患者にもポリグラフ検査を行いました。ポリグラフ検査とは、脳波や呼吸(換気) の状態、筋電図などを長時間にわたつて並行して記録し、無呼吸の有無などを調べるものです。その筋たとえ太つていなくても- つまりピックウウィック症候群には該当しないけ

れども、小下顎症の人や、扁桃・アデノイドが肥大している人などに純…呼吸や昼間の㍍眠りなどピックウィック症候群とよく似た病態がみられることがわかりました。これらの患者たちの胸郭や横隔膜は、無呼吸の状態でいる間も呼吸努力が行われていることから、「無呼吸は主に上気道の閉塞によって起こる」という説が提示されました。

それを裏づけるように、ピックウィック症候群の患者に気管内挿管術( 鼻あるいは口くだから、気管に管を入れて直接外界と気管・気管支・肺に空気を送る) や気管切開術(百の前面に気管に達する穴を開け、鼻・口・喉頭を通さずに直接気管切開口から呼吸する) を施したところ、睡眠時の無呼吸、昼間の過度の居眠りなど、特徴的なほとんどすべての症状がなくなったのです。

こうしたことから、ピックウィック症候群とそれに類似した症候群(それらを包括して睡眠時無呼吸症候群と呼ばれるようになったわけです。これにより原因は、上気道の閉塞によって起こる無呼吸によることが判明したのです。

これまで見てきたように、睡眠時無呼吸症候群は、最初は呼吸・循環器系の疾患を扱う内科の分野で研究がはじまり、やがて睡眠障害を専門に研究していた精神科医や神経科医が研究を推し進め、現在では小児科や耳鼻咽喉科、脳外科、口腔外科、歯科、放射線科など、多くの分野でその病態生理の解明や治療法の開発を行っています。

というのも、睡眠時無呼吸症候群の病因や病態が、それだけ多方面の医療分野にまたがつているからで、これもまた睡眠時無呼吸症候群の特徴といえるのです。

睡眠時無呼吸症候群の診断

原因となる3つのタイプ

健康な人が睡眠中に無呼吸を起こすといっても、1時間あたりの呼吸停止回数は5回以内、持続時間も短く10秒以内のものです。では、どの程度ひどくなると睡眠時無呼吸症候群といえるのでしょうか。
「7時間の睡眠中に、10秒以上続く換気の停止(無呼吸) が30回以上くり返される病態、あるいは1時間に5回以上の無呼吸がある病態」これが睡眠時無呼吸症候群の診断準です。

実に明快な定義ですが、問題なのはここからです。睡眠時無呼吸症候群を治すためには、その人がどのような原因で無呼吸を起こしているかをつきとめなければなりません。
けれども無呼吸をもたらす原因というのは、1つだけではありません。さまざまな要因が複雑にからみあっているのです。原因別に睡眠時無呼吸症候群を分類すると、大きく次の3つのタイプに分けることができます。

閉塞型無呼吸

上気道が閉塞するために、胸郭や横隔膜は呼吸運動をしているにもかかわらず口や鼻での呼吸が停止するもの。睡眠時無呼吸のなかでももっとも多いタイプで、肥満による睡眠時無呼吸症候群もこれにあてはまります。

中枢型無呼吸

呼吸中枢になんらかの障害があって、胸郭や横隔膜の呼吸運動が停止してしまうもの。呼吸中枢から呼吸筋に対して活動を促す刺激が停止しているために無呼吸が起こると考えられています。
健康な人が睡眠中に軽度の無呼吸を起こすのも、元をたどればこれと同じかかわりです。睡眠時無呼吸綻候群全体のなかで中枢型の占める割合は10% 前後といわれています。

混合型無呼吸

中枢型にはじまって閉塞型に移行するタイプです。これら3つの型は完全に独立しているわけではなく、同じ睡眠時無呼吸症候群の患者で、一晩の睡眠中に混合して出現することもあります。

「閉塞型」無呼暇はこうして起こる

睡眠時無呼吸症候群のなかでもっとも頻度の多い「閉塞型」無呼吸ですが、このタイプの人は、ほとんど必ずといつていいほど大いびきをかきます。その呼吸パターンは、睡眠→上気道の閉塞→無呼吸→血中の酸素分圧の低下と二酸化炭素分圧の上昇→覚醒→上気道の開放と過剰換気→睡眠という周期を繰り返します。

上気通が狭まっていると必要な量の換気が妨げられて、血液中の酸素は低下し、二酸化炭素が増えます。すると血管の壁にあるセンサーがはたらいて延髄にある呼吸中枢に刺激を送ります。これにともない脳が覚醒します。呼吸中枢は呼吸筋(胸郭や横隔膜、上気道の筋も含まれます) に対して呼吸運動を活発化するよう促します。
呼吸筋は呼吸運動を強めていき、気道狭窄部の抵抗に打ち勝ったとき、はじめて上気道は開放されて大きく呼吸をします。

いびきが止んだあと、ものすごい苗で再びいびきが始まるのはこのためなのです。さて、ここで重要なのは、無呼吸が起こるたびに脳が覚醒し、呼吸を再開させているということです。覚醒はふつうは数秒間で、ふたたび眠りに入りますが、重度の閉塞型の人の場合、一晩に500回も無呼吸を起こすことがあります。つまりその人は一晩に500回も睡眠が分断され、深い眠りへの移行が妨げられているのです。
実に恐ろしい事実ではありませんか。これでは昼間、病的に眠り込むのも無理はありません。閉塞型無呼吸の病因としては、口蓋扁桃肥大、巨舌症、鼻中隔湾曲症、アデノイドなどがあげられます。けれども、これらが原因で上気道の閉塞を生じている患者で、「中枢型」無呼吸も関係していることがあります。たとえば気管切開の手術を行うと、閉塞型無呼吸は劇的に改善しますが、中枢型無呼吸は残ってしまうことがあるのです。したがって、まわりの人から無呼吸を起こしていると指摘されている人は、できるだけ早期に診断を受け、治療を開始することが大切です。

「中枢型」と「混合型」無呼吸の特徴

日常の活動だけでなく睡眠中も無意識に、あたりまえのように呼吸活動を行っています。「中枢型無呼吸のこわさはその仕事をつかさどっている呼吸中枢が活動を停止してしまうこと、あるいは呼吸中枢からの指令がなんらかの障害により、呼吸筋(胸郭や横隔膜) に届かず、呼吸筋が運動をやめてしまうことにあります。

中枢型の無呼吸は、器質性脳障害や循環器疾患を持つ人に多くみられます。血管障害や腫瘍などによる脳障害、心不全などの心疾患、そのほか筋ジストロフィーなど、脳幹にある呼吸に関係した中枢に異常があつて起こる場合と、ピックウィツク症候群や慢性閉塞性疾患、ポリオ、頸椎症、頭蓋の寄形など、化学制御系の異常によって起こる場合とに分かれます。

通常、血液中の二酸化炭素量が増えると、延髄にある呼吸ニューロンが活発に活動して二酸化炭素を減らすようはたらきます。化学制御系の異常とは、こうした制御が正常に機能しないことをいいます。
中枢型無呼吸の特徴は、無呼吸が一晩を通じてほぼ均等に起こることです。また、呼吸の再開時にいびきをともなわないこともあります。
最近では、一部の中枢型無呼吸の患者で、閉塞型のように上気道の通りをよくすると無呼吸がなくなることが報告されています。そうした患者の上気道を観察すると、閉塞性無呼吸の人の特徴も見られます。最後の「混合型」無呼吸は、はじめは中枢型の無呼吸であったたものが、途中から閉塞型に移行するというタイプで、本質的には閉塞型の無呼吸といえます。中枢型の無呼吸が終わる時点で上気道の閉塞が続いていると、無呼吸が閉塞型へと移行するのです。

健康な人でも睡眠中の呼吸停止は起こっている?

人は眠りに入るとさまざまな条件から上気通が狭窄しやすくなりますつまり、いびきをかきやすくなります。そのうえ、睡眠中の呼吸は起きているときの呼吸に比べてきわめて不安定にもなります。

呼吸のリズムが不規則になり、呼吸自体も浅くなります。また睡眠中は換気(体に酸素を取り入れて炭酸ガスを排出する)機能が低下することから、血液中の酸素が不足しがちにもなります。

このとき健康な人でも呼吸停止を起こすことがあるーというと驚かれるでしょうか。人の眠りと呼吸の関係について、ここで詳しくみてみましよう。

睡眠には、レム睡眠とノンレム睡眠があります。健康な人の睡眠パターンはほぼ定まっていて、一晩にレム睡眠とノンレム睡眠を4~5回くり返しています。

レム睡眠期は一見熟睡しているように見えるのですが、脳波を調べてみると覚醒しているときに近い脳波像を示し、眠りは浅いとされています。
時間は1回20分ほどで、急速な眼球運動を行ったり、夢を見るのもこのレム睡眠のときです( ノンレム睡眠期にも夢は見ていますが、眠っている人をレム期のときに起こすと、その80% が「いま夢を見ていた」と答えるのです)。
一方、私たちが眠っている時間の大半を占めるのがノンレム睡眠です。専門的にいえば、ノンレム睡眠は、ⅠからⅣのステージに分かれ、この順に眠りは深くなります。

通常、眠りはノンレム睡眠からはじまります。ステージⅠの浅い睡眠から順にステージⅥの深い眠りへと移行し、そこから逆にステージⅠにかえると今度はレム睡眠に入り、Ⅰつの睡眠周期が終わります。

ここまでおよそ90分(70分~120分) といわれています。ちなみに睡眠時無呼吸症候群の人の場合は、こうした規則的な睡眠パターンを描けなくなります。ステージⅢ以降の深い睡眠に入る前に、息苦しくなって目ざめてしまうことが多いからです。

私たちは、眠っている間にこの睡眠周期を4~5回くり返しています。呼吸の特徴をみると、睡眠周期の1まわり目から2まわり目までは時間が経過するにしたがつて次第に呼吸数は低下していき、夜明け近くの4まわり目から5まわり目で安定した規則的な呼吸になります。

ただレム睡眠期では、呼吸数は心拍数とともに不規則となって、換気量も不安定になります。健康な人が呼吸停止を起こすのはこのレム睡眠期と、ノンレム睡眠期のⅠとⅡのステージに多くみられます。そしてその原因に関係しているのが動脈中の二酸化炭素分圧(動脈中に占める二酸化炭素の「圧力」の割合) です。正常な人の睡眠中に、二酸化炭素分圧がわずかに下がっただけで、呼吸停止が起こることがわかっているのです。

ちなみに脳が覚醒しているときは、二酸化炭素分圧が低下しても呼吸は規則的に続きます。。つまり「覚醒していること」が呼吸の安定性に役立っているはそれだけ不安定な条件下で呼吸をしているのです。